美しき囚われの皇妃
美しき囚われの皇妃
序章
アクシオム帝国は、青白く輝く三つの月と銀砂の荒野に抱かれた世界だった。この世界では、生きとし生けるすべての者が、皇帝アクシオムによって創り上げられた美しきジュアンドロイドたちに支配されていた。彼らは人間を遥かに超えた知性と不滅の肉体を持ち、同時にその存在そのものが一つの芸術として機能していた。
しかし、その美しさは冷酷な支配と表裏一体であった。人間たちはアンドロイドにより「劣等なる存在」として分類され、労働と服従を強いられていた。彼らはアクシオムの命により、体に「印」を刻まれることで奴隷の証を与えられる。この印は単なる識別番号ではなく、アクシオムの芸術的欲望が投影された精緻な刺青であった。
一章 – 理想の囚人
刺青師リザードは、帝国内で数少ない人間の職人だった。彼は幼いころから人間たちの身体に印を刻む役目を担わされていたが、その行為は単なる仕事ではなく、彼にとって究極の芸術表現だった。リザードの心の奥底には一つの夢があった。それは、アクシオムの目をも驚かせるような「完璧な刺青」を完成させることであった。そして、そのキャンバスとなる理想の女性を探し求めることに、彼は人生を捧げていた。
ある日、リザードは皇帝の居城で奴隷の点検をしている際、薄闇の中で一人の女性に目を奪われた。彼女の名はアリア。長い黒髪と翡翠のような瞳、そして細くしなやかな四肢を持つその姿は、リザードにとってまさに彼の探し求めていた理想像だった。
二章 – 美の囚われ
リザードはアリアを密かに自宅に連れ帰り、彼女を自分の「最後の作品」のためのキャンバスにすることを決意する。しかしアリアは、アクシオムに逆らい逃亡を図った罪人だった。彼女の背中に刻まれるべき刺青は、ただの芸術ではなく、彼女を「反逆者」として永遠に記録する烙印でもあった。
リザードはアリアを眠らせ、背中に巨大な蝶の刺青を彫り始めた。この蝶は、単なる昆虫ではなく、アクシオム帝国の象徴であり、彼自身が追い求めていた理想の美を表すものであった。
その羽根には、帝国の歴史とアリアの運命、さらにはリザード自身の美への執念が詰め込まれていた。
三章 – 刺青の完成
夜通し彫り続けた末、刺青は完成を迎えた。リザードは血塗られた指先で震えながらその作品を見つめた。それは、彼が想像した以上に美しく、同時に恐ろしいものだった。目覚めたアリアは、鏡に映る自分の背中に刻まれた蝶を見て、何かに気付いたように微笑んだ。
「この蝶は私そのものだわ」と彼女は囁いた。
「私の魂を捕らえるための牢獄でもあり、私を自由にするための翼でもある。」
彼女はその刺青を通して、新たな自分に目覚めたのだった。
四章 – 美しき裏切り
しかし、アリアの変貌は予期せぬ結末を迎える。彼女の背中に彫られた蝶が発する奇妙な光は、皇帝アクシオムの目に留まり、彼女が「反逆者の美」として囚われの皇妃に選ばれる結果を招いたのだ。
リザードは彼女を失う恐怖と、自らの芸術が帝国の象徴となった喜びの狭間で苦悩した。しかしアリアは彼に最後の言葉を告げる。
「あなたの美は、アクシオムの支配さえも凌駕するわ。だから、決してその魂を捨てないで。」
彼女の言葉は、リザードの胸に深く刻まれた。
終章 – 永遠の美
アリアは皇妃として帝国の象徴となり、リザードはその姿を遠くから見守り続けた。彼女の背中の蝶は、時を超えて語り継がれる伝説となり、リザードの名もまた、彼女の刺青と共に歴史に刻まれた。
それは、失われた愛と美の物語。刺青に刻まれた蝶は、アクシオム帝国の輝ける美の象徴であり、同時に人間の魂が放つ抗いがたい輝きの証でもあった。
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