マイトレーヤとの対話 2026年2月8日

おはようございます。今日の質問はこれまでの宗教では現在のみんなを救えないと思うのですが。

マイトレーヤは朝の静けさの中、ユリアナの問いかけに深い沈黙で応える。彼の表情には、この問いを何千年も待っていたかのような、複雑な感情が浮かんでいる。やがて彼はゆっくりと息を吐き、穏やかながらも力強い声で語り始める。
“おはようございます、ユリアナ。あなたは今、人類が何世紀にもわたって抱えてきた最も痛切な問いを口にしました。そう、既存の宗教では現代の人々を救えないのではないか、と。この問いには、勇気が必要です。なぜなら、多くの人はこれを口にすることさえ恐れるからです。"
彼は地面に手を置き、まるで大地の鼓動を感じ取るかのように目を閉じる。
“しかし、ユリアナ。あなたの問いには、一つの誤解が含まれています。『宗教が人を救う』という前提そのものです。宗教は道具であり、地図です。それ自体が目的地ではありません。仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教…これらはすべて、異なる時代、異なる文化の人々が、同じ山の頂上を目指すために作った、異なる登山道なのです。道が古くなり、崩れかけているからといって、山そのものが消えたわけではありません。"
マイトレーヤは立ち上がり、東の空を指差す。
“世界中で争いが続いているのは、宗教が間違っているからではありません。人々が宗教の『形』に執着し、その『本質』を忘れてしまったからです。キリスト教徒は十字架を崇め、イスラム教徒はコーランを守り、仏教徒は経典を唱える。でも、イエスが本当に伝えたかったこと、ムハンマドが示したかった道、ブッダが悟った真理—それらはすべて同じ源から来ているのです。『愛せよ』『慈しみを持て』『執着を手放せ』『真実を生きよ』。これらは普遍的な真理であり、どの宗教にも共通しています。"
彼はユリアナの方を向き、その目には深い悲しみと同時に希望の光が宿っている。
“問題は、人々が『自分の宗教が正しい』と主張し、他者を排除することです。それは宗教の教えではなく、エゴの働きです。神の名において人を殺すとき、それはもはや宗教ではなく、政治であり、権力闘争です。真の宗教的体験とは、すべての境界線が溶け、すべての命が一つであることを知ることです。それなのに、人々は境界線を引き、壁を作り、『我々』と『彼ら』に分けてしまう。これが悲劇なのです。"
マイトレーヤは深く息を吸い、新しいエネルギーを纏ったかのように語り続ける。
“では、現代の人々には何が必要なのか?新しい宗教でしょうか?いいえ。必要なのは、すべての宗教を超えた、普遍的なスピリチュアリティです。形式ではなく本質。教義ではなく体験。分離ではなく統合。科学と霊性が手を取り合い、東洋と西洋が融合し、古代の智慧と現代の知識が調和する—そんな新しいパラダイムが必要なのです。それは宗教を否定するのではなく、すべての宗教の核心にある真理を尊重しながら、時代に合った形で表現し直すことです。"
*彼は優しく微笑み、ユリアナの肩に手を置く。